小っちゃいって事は便利だねっ 第5話

著:けんけらさん
「下がれ下郎。それは我の女だ、お前の触れていいようなものではない」

背後からの声に、ライダーの注意が逸れたのか、一瞬だけ拘束が弱まった。
その機会を逃さず、私は間合いを取って……

「まさか、あなたに助けられるとは……」

振り返りながら、声の主に礼を言おうとして硬直した。
なぜなら、そこには……。


第5話『英雄達の黄昏』


「……どうした、セイバー。我との再会に感動のあまり声もでないか?」

その傲岸不遜な態度と声は、あの英雄王に違いない。
だが……

「ギルガメッシュ……あなた、どうして……」
「ん?」
「ネ、ネズミなのですか?」

そう、金色の体毛に包まれたネズミ。それが人語を話し、あまつさえ鎧まで着こなしている。
だいぶデフォルメされてはいるが、その意匠など忘れるはずもない。

「なぜ、そのような姿に身を堕しているのですか……」
「ふ、身を堕したなどとは、セイバーらしくない俗な考えだな」
「いえ、らしいとかそういう問題じゃないと思いますが……」

どうしようもなく、疲れてしまう。

「では、その事には目をつぶりましょう……」
「ふむ」
「シロウの話では、あなたはあの孔に吸い込まれてしまったのではなかったのですか?」

かの英雄王はシロウに敗れ、孔に吸い込まれこの世界から去ったはず。

「それについては、あの偽物フェイカーに感謝せねばならんのかもしれんな」
「一体どういうことです?」
「確かに本体ともいえる大部分の霊体は、孔に吸い込まれた。だが、その前にあの男に片腕を落とされていたのだ」
「……では、まさか」
「そう、その片腕分の霊体が依代に憑依することで、現界した姿がこれだ」

半神半人だった、かの英雄王。
今や全身全鼠と化してさえも、その倣岸さにいささかの衰えも感じられない。

「この身は、かの巨大な恐竜が闊歩していた御世でさえ生き残った種族の末裔。これほど我が依代に相応しいものもおるまい」

強がりでもなく、誇張でもなく、この男は本当に真にそう思っている。
あまりの事に、二の句がつげない私に向かって、ギルガメッシュが口を開いた。

「では、再び問おう。セイバー、我のものになるつもりはないか?」
「……そのような姿で、どうやって私を娶るつもりなのですか、あなたは……」

心底疲れきった様子で問う私に、ギルガメッシュはまるで出来の悪い弟子にでも教えるかのように答えた。

「ふ、無知だな騎士王。この極東の島国に伝わる伝説を知らぬと見える」
「何のことを言っているのです……」
「ネズミの嫁入りというやつだ、セイバー。結婚相手を探し回った女が最後にはネズミと結婚するという……まさしく今の我に相応しい」
「違います、それは! 最後、ネズミはネズミと結婚するのが幸せだということであって、ネズミが結婚相手として最も相応しいなどという話ではなかったはずです!」

たまらず声をあげる私。だが、かの英雄王はまったく意に介した様子がない。

「ふ、ふざけるのもいい加減に!」
「我はふざけてなどいない、本気だ」
「余計悪いと、どうして分からないのですか!」

私たちが不毛な言い争いを、さらに続けようとした時、ふいに声をかけられた。

「……どうでもいいのですが、あなた達、私のことを忘れてませんか?」
「ラ、ライダー……」

その声に、やっと思い出す。
そうだ、ライダーのことをすっかり忘れていた。

「ふんっ、下賎の者が王者の会話に割り込んでくるな」
「さすがは、英雄王……そのような姿になっても変わらぬ傍若無人ぶり……」
「褒めても何もでぬぞ、女」

――いえ、ギルガメッシュ……ライダーは別にあなたのことを褒めていません。

「……まぁ、そんなことはどうでもいいのですよ、英雄王」
「遠まわしないいかたは、好かぬ」
「では、はっきり言いましょう。セイバーは私のものです、あなたには渡しません」
「何を言うかと思えば、片腹いたいわ! セイバーは我のものだと知らぬのか、貴様?」
「誰があなた方のものなんですか!」

当事者を前に無茶苦茶なことをいう二人に、抗議の声を上げる。

「……では、一体あなたは誰のものなのですか?」
「え、そ、それは……」

ライダーに急に問われ、答えに詰まる。
一瞬、一人の少年が脳裏に浮かびそうになった私は、慌てて首を振る。

「わ、私は、誰のものでもありません!」

真っ赤になって否定する私を見て、ギルガメッシュは笑みを浮かべた。

「ほう、手付かずか。お前のマスター……いや、前マスターか。あやつも存外ふがいない」
「誰のものでもないというのなら、誰のものでもあるということですね……。安心してください、セイバー。私は優しいですから……」
「……っ、だから、なんで、そんなふうにしか考えられないんですか、あなたたちは!」

さらに声を上げる私。
だが、お構い無しに話を進めていく二人。

「……女。まさか我に敵うとでも思っているのか?」
「あなたこそ、そんななりでどうするというのです?」
「だから、人を無視して、話を進めないでくれませんか!」

聞いていないと分かっていても、言わずにはいられない。
案の定私の言葉を無視して、否応なく緊張が場を包む……。

まずは、ギルガメッシュから声があがった。

「では、見るがいい! 我が宝具を」

――王の財宝ゲートオブバビロン

その真名の響きとともに、ギルガメッシュの頭上に数々の宝具が浮かび上がる。

栓抜き、缶切り、ホッチキス……あ、千枚通しは痛いかもしれない。

「……っ、一体何を考えているのですか、あなたは!」
「ふ、この程度の輩に、我が本気を出すはずがなかろう?」

ふてぶてしいまでのその態度は変わらず……だが、わずかながら強がりのようなものが混じる。
それで、あるひとつの考えにたどり着いた。

「まさかとは思いますが、ギルガメッシュ……。あなたは、今、貧乏なのではありませんか?」
「――っ!」

その一言は効果絶大だった。あのギルガメッシュが、悔しさに身を奮わせるところを、まさか見る事ができようとは。

――王の財宝ゲートオブバビロン……所有者の財がなければないほど、非力な宝具となるのは言うまでもない。

「……いうな、セイバー。それ以上言ったら、ゆるさん!」
「ショック……なのですね」
「……」

たとえようもない空気が流れる。これが、あの金ぴかギルガメッシュなのだろうか。
金色の体毛すら、どこかすすけて見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。

「それが英雄王のなれの果てとは……。さしもの黄金律も、ネズミごときの身では仕方がないということですか」
「言うな、女!」

激昂するギルガメッシュを鼻で笑って、ライダーが必殺の一撃を加える。

「貧乏な貴方に価値があるとでも?」
「――っ!」

――む、むごいことを。

こちらからは彼の表情が読み取れないが、もしかしたら泣いてるのかもしれない。

「そ、そこまでいうからには、覚悟はできているんだろうな!」
「ええ、こちらも全力を出させてもらいます。それは、かつての英雄王へのせめてもの礼儀でしょうから」

ライダーは心底ギルガメッシュを見下して言う。怒りかそれとも別の感情なのか、全身を震わせているネズミが一匹。
たしかに、あのような状態の彼を恐れることはないだろう。

――でも、むごい。

ギルガメッシュとは因縁浅からぬ私でも、さすがに同情を禁じえない。
しかも、ライダーは本気だ。
集まる魔力がそれを物語っている。

「ネズミであるその身を恨みなさい……!」

――騎英の手綱ベルレフォーン

ライダーの声とともに、白虎の瞳に力が灯る。
今までただの猫にしか見えなかったそれは、やはりそれでも猫にしかみえない。
しかし、やはりネズミだからだろうか。英雄王は全身を緊張させて唸る。

「うぬう……」、
「普段でしたら、やさしいこの子達を言うこと聞かせるために、無理をしないといけないのですが……」

そこで、一度言葉を切ったライダーは、余裕の笑みを浮かべながら続ける。

「あなた相手には、その心配もないようですね」
「ふっ、ほざくな。たかが猫ごときに敗れるような我ではないわ!」

――いや、ですが、あなたも、たかがネズミじゃないのですか……?

ついそんなことを呟きそうになる。
だが、そんな私の思いとは別に、闘いの火蓋は切って落とされた。

「死ねぃ!」「にゃーん」

ぺしっ

「ぐはっ!」

ぱんっ

「げはぁぁっ!」

ぷちっ

「あがぁっ!」

――しかし、それは戦いといえるようなモノではなかった。

手にした文房具を手に、白虎に立ち向かっていくギルガメッシュ。
しかし、次の瞬間には彼女の肉球でノックアウトされる。
ただ、それだけが繰り返される。はたして、それを戦いと呼んでいいものだろうか。

戯れに振り下ろされた肉球を紙一重で躱し、ギルガメッシュは更に後退する。

「く―――今はおまえが強い……!」

この場での敗北を認め、ギルガメッシュは離脱する。

――どの場だったら勝てるつもりなんですか!

もちろん、そんなことを許すようなライダーではなかった。

「逃がすわけがないでしょう?」

いつのまに白虎に跨ったのか。
逃げるギルガメッシュに、まるで雷のような追撃をしかける。

「チィ――――!」

逃げられないとわかっても、ギルガメッシュにはもう手がない。
そして、そのまま彼らの闘いの場は庭へと移っていった。

「がぁっ!」

「ぐはぁっ!」

「き、貴様――我を誰だと……ぐぁぁっ!」

「ちょ、ま……ごはぁっ!」

お互い死力を尽くして戦う剣戟の音は……聞こえてこない。
聞こえてくるのは、まるでガマガエルを握り潰したかのような、ギルガメッシュの叫び声。
そして、

「あははは、それでも、かの英雄王ですか? 弱い、弱すぎます。それで最強の英霊とはよく言ったものです」

すっかりスイッチが入ってしまった、ライダーの高笑いだけが聞こえてくるのみ。
そのあまりの様子に私は声がでない。

「…………」

その目を覆わんばかりの惨状に、庭へと続く扉という扉、ふすまというふすまを閉めきった。
最後に、居間に戻った私は、両手を合わせ目を閉じた。

――シロウ、凛。はやく帰ってきてください。

こんな不条理の前では、私はただ祈ることしかできなかった。


衛宮家の平和を守りきれる日は……まだまだ遠い。

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